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羊崎文移(旧名)なんたら。

雑記の予定です。

「匿名証人」とは?

 


「匿名証人」
共謀罪と警察が作り出した覚せい剤密輸事件とは?
・冤罪作り放題の「匿名証人」制度。

 

https://m.youtube.com/watch?a=&v=GObJZvmrsLw&feature=youtu.be

良い人ほど早死にする気がします…。

先日、ある方の死を知りました。

とても優しい方で多くの方々から慕われていたと思います(この性悪で猜疑の塊な私ですら「良い人だなあ」と本気で感じてたくらいですから)。


なんか、「本当に良い人ほど早死にしてしまう」気がします。

人間関係は「喧嘩別れで絶縁、絶交」はまだマシな方です。
1番心底からショックを受けるのは「心から『良い人』と言える方が亡くなる」事です。


30〜50代で亡くなる良い人が、私の周辺ではやたらに多く感じられます。


私がこの歳まで生きて来れたのは卑屈かつ無神経な腐った性根のおかげなんでしょうね。

 


なんか、世の中おかしいですね。

 

 

良い人でも長生きは出来ますが、だんだんそれがし辛くなってきてる空気は感じてます。

 

 

 

 

 

確かな「極左」が必要な訳。

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「平和なときに平和を説き、戦争のときには戦争に協力するという節操のない団体ではダメなんだ。」


今から20年前に出口和明先生(故人)が「オルタブックス001『天皇の伝説』(1997年・メディアワークス発行)」の105頁に遺した上記の言葉が最近良く頭に浮かびます。


野党共闘反戦平和を訴えても、「ガス抜き」にしかなりません。それどころか今の野党共闘では刹那的に戦争協力しかねません。

今の経済格差は、若い世代を将来的に経済的徴兵へと導く地獄への道です。

今の時代、「確かな極左」が必要だと言い切れます。何としてもここで地獄への道を粉砕しなくてはなりません。

 

「平和なときに平和を説き、戦争のときには戦争に協力するという節操のない団体ではダメなんだ。」(出口和明)。

 

最後の最後まで戦争阻止の行動を!!

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本日5月1日メーデーの日、雷雨予報の天候が気がかりでした。しかし3時半からの新宿は太陽が出て来て傘無しでデモが出来ました(^-^)。

その後、都庁まで理不尽な解雇への抗議行動に参加しました。

今、朝鮮半島東北アジアで戦争が起きようとしています。

私は文章を書くのは大の苦手ですが、どんな国でも東京大空襲や原爆投下と同じ目になるのは嫌ですので最後の最後まで阻止行動には参加して行きます。


目の前の公安関係者は、自分たち自身にも降りかかる問題と思ってはいないのでしょうか…?

 

 

最後の最後が終わっても徹底抗戦を!!

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4月6日、日比谷公園まで共謀罪に反対する集会と国会請願デモに参加しました。

正直、今回良かったと感じたのは「どこどこの政党のビラまきは許さない!」などと特定の政党が排除される事は無かった事です。
これは本日一番印象に残りました。

 

今まで権力が裏で非合法な事をして来たものが、共謀罪により合法化されてしまい、別件逮捕と呼ばれていたものを完全に合法化してしまうのが共謀罪です。

最後の最後が終わっても全力で闘い抵抗します。

 

 

クズの戯言。

我ながら最近、人を寄せ付けない駄文を書き連ねてると思う(笑)。

まあ、私は「おかしな人、下心のある人には信用されたくない」んですよ。

なんか、反逆精神も無く人の言う事を素直に聞く方ほど不幸になってるよね。私の周辺では。

いちいちここで語るのも何だが、「本当の幸せ」とは「公共の為」になる事で特定の人物やグループが美味しい思いをするだけの事では無い。

その「公共の為に」って言葉も詐欺師が良く使う偽善用語なんだが。

とにかく俺はもう「自分と永年付き合いのある好きな人」としか付き合わない。残り少ない寿命がもったいないからな。

 

最後に一言。

政治活動は「生活の為」のはずだったのに、なんで「病人の居場所や自己表現の場」になっちゃったんだろう?

 

 

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「共闘」という名前の「転向」。

2011年3月11日以降、原発問題で「安全に右も左も関係ない」という事で右派と左派は一時的に共闘して来た。

しかし、この「共闘」という言葉は「転向」を実に容易にするものでもあった。

私みたいな「左派的な考えだけど尊皇」みたいな人の多くが新右翼的なものに取り込まれていった。

私も初めは迷いも有ったが、この約6年間のなかで「本当に『権利の獲得』を目指すのであれば『極左』になるしかない」という自己結論を出した。

今では余計な迷いを振り捨てて、その「極左」の道一本に活動を絞っている。

一方、約6年間で一番転向したのが「日本共産党」である。

共産党は80年代から多くの年上に「もう代々木は本気で革命を目指してない」と言われてた記憶がある。

最近の共産党はやたら「共闘」と言う言葉を口にする。

この「共闘」が、実は「転向」への第一歩なのだ。

野党と共闘を深める事でその内「原発もやむを得ない」「国歌の強制もやむを得ない」「戦争もやむを得ない」という流れになるだろう、共産党は……。

 

国会前で穏やかな抗議行動をして、警備の警察官に御礼の言葉を述べる。これはまさに右派の「和を以って貴し」。
その言葉でどれだけの大事な事が「見猿聞か猿言わ猿」となった歴史を忘れている。


以前の私のみたいに「左派的だけど尊皇」の様な事を続けていると知らない内に全く違うモノに取り込まれてしまう。

右にも左にも良い顔をする人は、活動家よりも物書きなどの文化人を目指した方が良い気がする。

 


「右も左も関係ない」政治活動ではなく「右か左かハッキリさせなければならない」政治活動しかもう信用しない。